サムセンタイ(読み)さむせんたい

世界大百科事典(旧版)内のサムセンタイの言及

【ランサン王国】より

…北部のムアン・サワ(現,ルアンプラバン)の地を都とした初代建国王ファーグムは歴史伝説に包まれた人物ながら,その実在は隣国スコータイの同時代碑文で確認されている。2代王サムセンタイSam Sene Thai(在位1373‐1416)は雲南経由で明朝に入貢し,1404年老撾軍民宣慰使司の刀線歹として中国史料に登場する。雲南土司としてのランサンと明の関係は万暦年間(1573‐1619)まで存続したが,15世紀に緊密であったのちは王国の成長,中部のビエンチャンへの遷都,明の消極政策のため,形式的にとどまった。…

※「サムセンタイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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