サモコフ(読み)さもこふ

世界大百科事典(旧版)内のサモコフの言及

【ブルガリア】より

… 15世紀末から約500年にわたるオスマン帝国の支配下で,ビザンティン時代の美術の多くが破壊され,伝統はわずかにリラ修道院など西部の修道院で守られたが,フレスコは1500年ころのクレミコフツィKremikovci修道院のものを例外として,様式の力が失われ,素朴な装飾性が加わり,イコンも工芸的になっていった。18世紀末より,トリャブナTrjavnaやサモコフSamokovを中心として多く制作された,アトス山に起源をもつ細かな木彫で飾られたイコノスタシスは,その傾向の到達点を示すものである。 18世紀後半から1878年まではブルガリア・ルネサンスと呼ばれる民族主義覚醒の時代で,協会・世俗にかかわらず,建築・芸術活動が盛んとなった。…

※「サモコフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む