サン・ジョルジュ騎士(読み)さんじょるじゅきし

世界大百科事典(旧版)内のサン・ジョルジュ騎士の言及

【ボーモン】より

…ディジョン近傍の古都トネールに零細貴族の子として生まれ,文才とフェンシングの特技によってルイ15世直属の〈王の機密局Secret du roi〉に抜擢され,女帝エリザベータ・ペトロブナのロシア帝室に女装をして潜入(1755),七年戦争におけるロシアとフランスの間を調停した。後に同じく〈女装の騎士〉としてジョージ3世治下のイギリスに全権委任大使として赴任(1762),ルイ15世没後は,8年の帰仏時を除いてはロンドンにとどまったが,女装のまま当代最高といわれた剣術家サン・ジョルジュ騎士le chevalier de Saint‐Georgesと決闘するなどの逸話を残した。42歳から80歳までを女装で過ごした彼を,イギリスの性心理学者H.H.エリスはトランスベスティズム(服装倒錯)の典型とみなし,以来異装趣味はエオニズムeonismとも称される。…

※「サン・ジョルジュ騎士」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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