シェションク(読み)しぇしょんく

世界大百科事典(旧版)内のシェションクの言及

【エジプト】より

…以後政治の中心は完全にデルタに移り,テーベはアメンの聖都として宗教の中心地の色彩を強める。前950年ラメセス時代以降傭兵として定住していたリビア人の将軍シェションク(シシャク)Sheshonqがブバスティスに第22王朝を開き,エルサレムを占領するなど一時勢威をふるうが,のちサイスに第23~24王朝が並立,政治・文化ともに水準低下が著しく,第21~24王朝を〈第3中間期〉と呼ぶ学者もいる。前8世紀後半ナイル第4急湍地方のナパタに興ったエチオピア人の王がエジプトを征服(第25王朝),アメン信仰の復興など文化の再建に努めるが,前671年アッシリア王エサルハドンにタハルカTaharqa王が追われ,エジプトはアッシリア帝国の一部となる。…

※「シェションク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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