シャル・ウント・ラウフ(読み)しゃるうんとらうふ

世界大百科事典(旧版)内のシャル・ウント・ラウフの言及

【キャバレー】より

…ウィーンでは1901年にザルテンFelix Salten(1869‐1945)によって〈ユング・ウィーナー・テアター・ツーム・リーベン・アウグスティン〉が作られてから,独自の伝統ができた。ベルリンには同じ年にウォルツォーゲンErnst von Wolzogen(1885‐1934)が〈ユーバーブレットル〉を,M.ラインハルトが〈シャル・ウント・ラウフSchall und Rauch〉を作り,ミュンヘンには〈11人の死刑執行人〉ができて,ニューモードとして一時流行したが長続きしなかった。ただドイツの大道演歌Bänkelsangの伝統を活性化したウェーデキントは,ドイツ的キャバレー(カバレットKabarett)の源流をつくりだした。…

※「シャル・ウント・ラウフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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