シュムスキー,O.(読み)しゅむすきー

世界大百科事典(旧版)内のシュムスキー,O.の言及

【ウクライナ】より

…ウクライナにおけるソビエト権力を根づかせるためにそれが必要と認識されたのであった。O.シュムスキー(1890‐1946),M.スクリプニク(1872‐1933)といった党の指導者により,学校教育のウクライナ化,党や政府へのウクライナ人の登用,ウクライナ語出版物の増大などがはかられ,多くの詩人や作家が輩出し,ウクライナ科学アカデミーを中心にウクライナ史などの研究も精力的に行われ,ウクライナの文化生活は一種のルネサンスを迎えた。しかし,30年代になるとウクライナ化政策は180度の転換を示した。…

※「シュムスキー,O.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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