シュメール・アッカド帝国(読み)しゅめーるあっかどていこく

世界大百科事典(旧版)内のシュメール・アッカド帝国の言及

【ウマ(馬)】より

…前1600年ころにはアーリヤ人がインドに侵入したが,これらの軍事行動には,いずれも馬戦車が大きな役割を果たしていた。 シュメール・アッカド帝国は,オナジャー型の戦車をもってその版図を拡大したが,戦車の技術は,まずこの型のものがメソポタミア以北のインド・ヨーロッパ語系の人々の下に導入され,そこでオナジャーから馬への交代が行われて馬戦車が出現したと見るのが自然であろう。 ところで,このインド・ヨーロッパ語系の人々の馬戦車による侵入は,古代文明地域自体の戦車の採用や馬産地征服の試みを引き起こしたことはいうまでもない。…

※「シュメール・アッカド帝国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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