シンハラ王国(読み)しんはらおうこく

世界大百科事典(旧版)内のシンハラ王国の言及

【スリランカ】より

…ポルトガルはニッケイ(肉桂)を集荷するための商館を1517年にコロンボに築き,徐々に沿海地方を領有・支配するようになった。17世紀に入ると,ニッケイ貿易の独占権をめぐってポルトガルとオランダの長い戦いが始まり,オランダ東インド会社が最終的にポルトガル領を継承した1658年には,島民の権力はキャンディに都を置くシンハラ王国のみとなり,内陸部に封じこめられていた。 ナポレオン戦争の一環として,1796年にイギリス東インド会社がオランダ領を接収し,1802年のアミアン条約で,スリランカを直轄植民地に編入することが認められた。…

※「シンハラ王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む