スティクレスタの戦(読み)すてぃくれすたのたたかい

世界大百科事典(旧版)内のスティクレスタの戦の言及

【オーラブ[2世]】より

…官僚による統治とキリスト教化による全国支配をめざすが,これに反発する豪族たちと結んだイングランド・デンマークの王クヌットと争い,スウェーデンをへてロシアへ亡命(1028)。再起をはかり陸路北ノルウェーにはいるが農民軍の抵抗にあい,スティクレスタの戦で敗死。死後盲人治癒など奇跡説がうまれ,その死は殉教とされ,北欧最初の聖人となった(後世,聖オーラブとよばれる)。…

※「スティクレスタの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む