ステュディオ・ド・ラ・ビクトリーヌ(読み)すてゅでぃおどらびくとりーぬ

世界大百科事典(旧版)内のステュディオ・ド・ラ・ビクトリーヌの言及

【アメリカ映画】より

…それがハリウッドの映画製作のシステムの基本となり,ムッソリーニが建設したイタリアのチネチッタも,ソ連のモスフィルムも,世界の撮影所がすべてこのシステムを採用することになる。またバレンティノを大スターにしたてた監督でもあるR.イングラム(1892‐1950)は,1926年に南フランスのニースにカリフォルニアと同じ太陽光線を発見して,ハリウッドと同じシステムの撮影所〈ステュディオ・ド・ラ・ビクトリーヌ〉を建設した。のちにここで《天井桟敷の人々》などフランス映画の名作が撮影されるが,この撮影所を舞台にしたF.トリュフォーの《アメリカの夜》という映画の題名は,フランスの映画用語に固有の表現で,〈つぶし〉(疑似夜景)のことであり,〈アメリカ映画式に撮られた夜景〉という意味である。…

※「ステュディオ・ド・ラ・ビクトリーヌ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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