せり市(読み)せりいち

世界大百科事典(旧版)内のせり市の言及

【せり(糶∥競り)】より

…現品を指示して急速に取引をとり決めることが,なによりそこでは必要だったからである。江戸日本橋の魚市は,寛永年間(1624‐44)に問屋仲間をつくったが,せり市の確立は享保年間(1716‐36),六組問屋仲間の確定のころからであるという。大坂天満の雑喉場(ざこば)では,すでに承応年間(1652‐55)からせり市を開いている。…

※「せり市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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