タタール・シティ(読み)たたーるしてぃ

世界大百科事典(旧版)内のタタール・シティの言及

【北京】より

… 1644年(順治1)に明に代わって清がここを都と定めたとき,内城はもっぱら八旗兵(満・蒙・漢)とその家族の居住地とせられ,漢人は商人はもちろん官吏も居住することを許されず,ことごとく外城に移住させられた。西洋人が北京内城をタタール・シティTatar City(韃靼(だつたん)城,満州城),外城をチャイニーズ・シティChinese City(漢城)といったのは,そのためであると考えられる。漢人の強制移住によって,外城が急速に発展したのはいうまでもない。…

※「タタール・シティ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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