たぬきおやじ

世界大百科事典(旧版)内のたぬきおやじの言及

【徳川家康】より

…反面,家康が妻の築山殿,嫡子の信康,孫娘の婿豊臣秀頼を殺したことから,彼の〈忍耐〉は〈冷酷・狡猾〉の印象を生むことになった。このイメージが早くから庶民の間にあったことは,歌舞伎《八陣守護城(はちじんしゆごのほんじよう)》(1807初演)が,秀頼に比定される人物を攻め滅ぼす人物をさして〈たぬきおやじ〉と言っていることからも知られる。1837年(天保8)には絵師歌川芳虎が,紋所から信長と明智光秀と判明する鎧武者が搗(つ)き,秀吉がのした餅を,家康が食べている絵を版行して処罰されている。…

※「たぬきおやじ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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