タファリ・マコンネン(読み)たふぁりまこんねん

世界大百科事典(旧版)内のタファリ・マコンネンの言及

【エチオピア】より

…こうしてエチオピアは,ヨーロッパ植民地主義列強による〈アフリカ分割〉の時代に生き残った,例外的な国になりえたのである。
[ハイレ・セラシエの帝政]
 1913年にメネリク2世が没したのち,イヤス5世(リジ・イヤス)の短い治世をへて,16年にメネリク2世の皇女ザウディトゥが帝位につき,その遠縁にあたるラス・タファリ・マコンネン(のちのハイレ・セラシエ世)が摂政兼皇太子として実権をにぎった。当時のエチオピア社会の伝統主義的な性格に照らしてみれば,タファリは異論なく進歩派であった。…

※「タファリ・マコンネン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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