世界大百科事典(旧版)内のダシエ夫人の言及
【新旧論争】より
…94年にアルノーの仲介によって両派が和解する。後期は1713年のホメロス論争で,ウダール・ド・ラ・モットの《イーリアス》仏訳が原典を傷つけるとして,古典学者ダシエ夫人が攻撃し,再び文壇で古代派と近代派が対立。フェヌロンがこれを14年の《アカデミーへの書簡》によって調停した。…
※「ダシエ夫人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
短い夜。夜明けの早い夏の夜。たんや。《季 夏》「―や毛むしの上に露の玉/蕪村」...