ダルマバンシャ(読み)だるまばんしゃ

世界大百科事典(旧版)内のダルマバンシャの言及

【クディリ朝】より

…移転の原因については今なお定説がない。第4代の王ダルマバンシャ(在位991‐1007)の時代がこの王朝の最盛期で,王は法典を編纂させ,サンスクリット文学をジャワ語散文に翻訳ないし翻案させている。そして中国の宋朝にも遣使して友好を深める一方,スマトラのスリウィジャヤに進攻しようとしたが,かえって1006年から翌年にかけて反攻を受け,王は敗死し,首都は破壊された。…

※「ダルマバンシャ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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