チェムノ(読み)ちぇむの

世界大百科事典(旧版)内のチェムノの言及

【ビーラー・ホラの戦】より

…カトリック化が再び国内をおおい,改宗を望まぬ貴族・都市民がザクセン,シュレジエンに大量に亡命・移住し,国内のプロテスタント派は根絶された。 伝統的なチェコ史学は,ビーラー・ホラの戦をチェコ民族の独立の終息と位置づけ,近代的ナショナリズムが勃興する18世紀末~19世紀初めまでを〈暗黒時代(チェムノTěmno)〉と呼ぶ。【稲野 強】。…

※「チェムノ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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