チャンディ・パナタラン(読み)ちゃんでぃぱなたらん

世界大百科事典(旧版)内のチャンディ・パナタランの言及

【インドネシア】より

…この東部ジャワの時代の美術(東部ジャワ期)も,チャンディ建築に伴って見られ,宗教はヒンドゥー教と仏教が共存し,さらに両者の混合(時輪教)がなされた。遺跡はスラバヤの南西一帯,ブランタス川の流域に散在し,チャンディ・パナタラン(14世紀建立)は,この時代の代表的な遺構として注目される。石造彫刻は,以前の作品とはまったくその作風を一新し,もはやインド美術の模倣から脱して,ジャワ独自の土着的な性格の強い作風へと変わる。…

※「チャンディ・パナタラン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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