チョピッチ,B.(読み)ちょぴっち

世界大百科事典(旧版)内のチョピッチ,B.の言及

【ユーゴスラビア】より

…パルチザン戦争を扱った多くの戦記物が文学としても成立しえたのは,そうした背景と,創作の自由を主張したクルレジャらの努力があったからである。《太陽は遠い》(1951)でデビューしたセルビアのチョシッチ,ヘミングウェー風の短編集《大きな子どもたち》(1962)でデビューしたイサコビッチAntonije Isaković(1923- ),《嘆きの山》(1962)でニェゴシュ賞を受けたモンテネグロのラリッチ,ユーモアで味つけしたボスニアのチョピッチBranko Ćopić(1915- )らが例として挙げられる。 こうした傾向に反逆して,社会主義国の怒れる若者を描いたモンテネグロのブラトビッチや不条理を追求したシュチェパノビッチBranimir Šćepanović(1937- ),ユダヤ人の饒舌と古典主義で独特な世界を創ったキシュDanilo Kiš(1935-89)らが新しいユーゴスラビア文学の旗手として,ヨーロッパの諸語に訳され,高く評価された。…

※「チョピッチ,B.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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