ティボン,G.(読み)てぃぼん

世界大百科事典(旧版)内のティボン,G.の言及

【ベイユ】より

…38年ソレムの修道院で〈苦しみのうちに神の愛を愛するキリスト受難の思想〉を深く体験したという(《ペラン神父への別れの手紙》)。40年ドイツ軍によるパリ陥落後マルセイユに行ってペラン神父を知り,農民哲学者として知られたティボンGustave Thibonとも交わった。42年アメリカに亡命し,その後ド・ゴールのひきいる自由フランス軍に加わるべくロンドンに渡ったが,過労に倒れて客死した。…

※「ティボン,G.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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