《ティンターン・アベー廃墟数マイル上流で書かれた詩》(読み)てぃたーんあべーはいきょすうまいるじょうりゅうでかかれたし

世界大百科事典(旧版)内の《ティンターン・アベー廃墟数マイル上流で書かれた詩》の言及

【ワーズワース】より

…世評は冷たかったが,英詩に一大革新をもたらした。巻末に置かれた《ティンターン・アベー廃墟数マイル上流で書かれた詩》で,少年期,1793年,98年における自分自身の姿を比較して,自然との本能的な主客未分化の合一がもはや不可能なことを悟るが,それを喪失として嘆かず,〈人間のもの悲しい音楽〉を聞いたのちの成熟への自覚に達するとともに,本能的超能力をもち続ける妹ドロシーに自分の分身を発見し,自我の連続性を希求するところにワーズワース的思考の原型が見られる。 実りのなかったドイツからの帰国後,99年12月の湖水地方グラースミア村はずれのダブ・コティッジ入居を中にはさんで,1795‐1805年の〈偉大なる10年間〉を通じてワーズワースは多作であった。…

※「《ティンターン・アベー廃墟数マイル上流で書かれた詩》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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