テウンク・ディ・ティロ(読み)てうんくでぃてぃろ

世界大百科事典(旧版)内のテウンク・ディ・ティロの言及

【アチェ戦争】より

…オランダの宗主権を承認することで旧権力を保証された領主層も,イスラムに基づくスルタン支配体制の護持を叫ぶ,ごく一部を除いて抵抗を放棄した。しかし,80年代にいたりテウンク・ディ・ティロ(本名シエク・サマン)を中心とするウラマー層がジハードを唱道し,多くの農民をゲリラ隊に組織して大反攻に転じた。また戦闘に追われ流民化した農民を組織し,降伏派領主の権力奪取を図るテウク・ウマルら新興領主層のゲリラ部隊もこれに加わった。…

※「テウンク・ディ・ティロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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