《テネブレの読誦》(読み)てねぶれのどくじゅ

世界大百科事典(旧版)内の《テネブレの読誦》の言及

【クープラン】より

…翌年には王室子女のクラブサン教師も兼ねることになり,1730年に宮廷の職を辞任するまでベルサイユ宮廷音楽家として,ルイ14世とルイ15世の2代に仕え活躍したが,ドラランドが音楽上の要職を独占したのとは対照的に,あまり地位には恵まれず,1717年に〈クラブサンのための王の常任室内音楽家〉になった程度である。彼は宮廷に入ってから宗教声楽曲を作曲したが,カンタータ《テネブレの読誦Leçons de Ténèbres》(1715)はその頂点というべき秀作である。また晩年のルイ14世を慰めるために作曲された合奏曲《王のコンセールConcerts royaux》(1722),その続編というべき《趣味の和,別名新コンセールLes goûts réünis,ou Nouveaux concerts》(1724)は18世紀前半のフランスの音楽趣味をよく反映している。…

※「《テネブレの読誦》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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