テヒョー,H.(読み)てひょー

世界大百科事典(旧版)内のテヒョー,H.の言及

【法典編纂】より

…その後,急を要する会社,手形,破産の部分を除いて再度延期され,新しい商法が,法典調査会の起草,審議,帝国議会の議を経て,99年に公布,施行された(なお,この間議会の解散の結果,1898年7月1日から残りの部分も施行された)。民事訴訟法は,ドイツ民事訴訟法を範としてテヒョーHermann Techowが起草し,1890年に公布,翌年から施行された。以上に概観した主要法典の全面的成立は,条約改正の発効(1899)とあいまって,日本近代の法体制が明治30年代初頭に確立したことを意味する。…

※「テヒョー,H.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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