テュコニウス(読み)てゅこにうす

世界大百科事典(旧版)内のテュコニウスの言及

【ドナトゥス派】より

…347年,コンスタンス帝はドナトゥス以下のおもな指導者をガリアに追放して,いったん拡大を抑えたが,361年にユリアヌス帝が帰還を許したため,以前よりも勢力をまし,ついに7世紀に至るまで北アフリカに存続した。アウグスティヌスは400年以後これと論争し,《洗礼論》その他によってサクラメントの教会法的有効性を主張するとともに,テュコニウスTyc(h)oniusの〈千年王国説〉や,教会を単に選ばれた者の集いとする閉鎖的な考えを退けて,未来的終末論を基礎とするカトリック教会の普遍性と公同性を強調した。【泉 治典】。…

※「テュコニウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む