ディオクレティアヌス帝顕彰柱(読み)でぃおくれてぃあぬすていけんしょうちゅう

世界大百科事典(旧版)内のディオクレティアヌス帝顕彰柱の言及

【アレクサンドリア】より

…埠頭には船渠,倉庫,取引所等が櫛比(しつぴ)し,その脇のカエサル廟の前面にはアウグストゥス帝がヘリオポリスから移設したオベリスクが2本立っていたが,19世紀にロンドンとニューヨークに転置された。今日に残る古代の景観は,往古のセラピス神殿(セラペイオン)隣の〈ポンペイウスの柱〉(実は後297年建立のディオクレティアヌス帝顕彰柱。高さ26.85m)1本しかない。…

※「ディオクレティアヌス帝顕彰柱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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