デ・ウィト,J.(読み)でうぃと

世界大百科事典(旧版)内のデ・ウィト,J.の言及

【ウィト】より

…オランダの政治家。ライデン大学で法律学などを学び,ドルトレヒトの法律顧問を経て,1653年28歳でホラント州議会の法律顧問に任命され,事実上オランダ共和国の宰相の地位につく。自らも商人の出であり,またアムステルダムの有力都市貴族の娘と結婚したこともあって,大商人による寡頭的支配を政治の理想としていた。総督職のオラニエ(オレンジ)家が,イギリスのスチュアート家と姻戚関係にあることが,オランダにとって最も危険であるとして,同家を国家の要職から排除することに腐心した。…

※「デ・ウィト,J.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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