デ・ボーノ,E.(読み)でぼーの

世界大百科事典(旧版)内のデ・ボーノ,E.の言及

【イタリア・エチオピア戦争】より

…34年12月イタリアはワルワルでエチオピアとイタリア領ソマリランド間の国境紛争を起こして侵略の準備を進め,一方,エチオピア皇帝ハイレ・セラシエは国際連盟に提訴して国際世論に訴えた。列強の利害がいり乱れた国際連盟の交渉がはかどらぬままに,35年10月3日デ・ボーノ将軍を総司令官とするイタリア軍はエチオピアへの侵略を始めた。国際世論の非難を浴びながらも,今回の侵略には国内での反対の声は少なく,ファシズム政権もこの侵略にできるだけ国民戦争の性格を与えるように努めた。…

※「デ・ボーノ,E.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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