世界大百科事典(旧版)内のデラ・ロベレ家の言及
【ウルビノ】より
…そして勇猛な傭兵隊長であり,知識人や芸術家の擁護者であったフェデリコ・ダ・モンテフェルトロの治世(1444‐82)に町は最盛期を迎えた。16世紀の初頭,市政はデラ・ロベレ家の手にゆだねられる。1631年教皇領となったが,それ以降は市民の芸術活動も衰退の一途をたどった。…
※「デラ・ロベレ家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…そして勇猛な傭兵隊長であり,知識人や芸術家の擁護者であったフェデリコ・ダ・モンテフェルトロの治世(1444‐82)に町は最盛期を迎えた。16世紀の初頭,市政はデラ・ロベレ家の手にゆだねられる。1631年教皇領となったが,それ以降は市民の芸術活動も衰退の一途をたどった。…
※「デラ・ロベレ家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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