《デンカル目録》(読み)でんかるもくろく

世界大百科事典(旧版)内の《デンカル目録》の言及

【ラマ教】より

… 王没後の8世紀末に多少の混乱もあったが,9世紀に入ると,僧団指導者たちが国政の頂点に立ち,ティデ・ソンツェン(742‐815)王のもとに王公高官を集めて先王のときサムイェーで行ったように崇仏を誓わせ,また,訳経用語を統一して翻訳仏典を校訂させた。815年幼王ティツク・デツェン(806‐841)が立つと,僧たちの指導で821年に唐との和平が実現し,824年もしくは836年ころには《大蔵経》の主要経典をほとんど訳出して,このことを示す《デンカル目録》が編纂された。その他,僧1人に隷家7戸を与える特権を設け,造寺,造仏につとめたため,財政負担がかさみ,国論が分かれ,このためティツク・デツェンのあとを継いだダルマ王が殺害された。…

※「《デンカル目録》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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