トマソ・ダ・モデナ(読み)とまそだもでな

世界大百科事典(旧版)内のトマソ・ダ・モデナの言及

【国際ゴシック様式】より

…プラハでもカール4世が,地元のみならずフランス,ドイツ,イタリアから工人を招き,大聖堂やカールシュタイン城を造営した。プラハにはアビニョン経由で及んだシエナ派の影響もみとめられるが,カールシュタイン城内礼拝堂を飾る壁画,祭壇画に関与したイタリア人トマソ・ダ・モデナTommaso da Modena(1325ころ‐79ころ)や地元の画家テオドリヒMeisterTheodorichの作風には,重厚な自然主義的傾向が新たにみとめられる。しかし,いまだ各地で均質的傾向は形成されていない。…

【チェコスロバキア】より

…1918年から92年まで続いた中欧の共和国。国名通称はチェコ語,スロバキア語ともČeskoslovensko。1920‐38年,1945‐60年の正式国名は〈チェコスロバキア共和国Českoslovká republika〉。1948年以後は社会主義体制をとり,60年からの正式国名は〈チェコスロバキア社会主義共和国Československá Socialistická republika〉。1969年よりチェコ社会主義共和国とスロバキア社会主義共和国の連邦制に移行したが,89年の〈東欧革命〉の進行過程で両共和国で連邦制の見直しが図られ,正式国名を〈チェコおよびスロバキア連邦共和国Česká a Slovenská Federativní Republika〉に変更した。…

※「トマソ・ダ・モデナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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