トリパン・レッド(読み)とりぱんれっど

世界大百科事典(旧版)内のトリパン・レッドの言及

【エールリヒ】より

…この側鎖説は〈エールリヒの側鎖説〉と呼ばれ,この業績によって,1908年,E.メチニコフとともにノーベル生理・医学賞が授けられた。一方,病原体に有効な化学物質の発見にも力をいれ,1904年に志賀潔とともにトリパノソーマに有効なトリパン・レッドを,10年に秦佐八郎とともに梅毒の病原体トレポネマに有効なサルバルサンを発見し,化学療法の創始者となった。このほか,ジフテリアの血清療法を始めるなど業績は多い。…

※「トリパン・レッド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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