トルストフ,S.P.(読み)とるすとふ

世界大百科事典(旧版)内のトルストフ,S.P.の言及

【ホラズム】より

…しかし,1221年モンゴル軍によって征服され,以後キプチャク・ハーン国,次いで14世紀後半にはティムール朝,さらに16世紀以降はウズベク人のヒバ・ハーン国の支配下に入ったが,1873年ロシア軍によって征服され,1924年以降は二分されてソ連邦のウズベク,トルクメン両共和国(現在はウズベキスタン,トルクメニスタン両共和国として独立)に所属して現在に至っている。【間野 英二】
[遺跡と発掘調査]
 1937年以来,S.P.トルストフのホラズム考古調査隊の努力により,前4千年紀から13世紀に及ぶホラズムの文化が明らかになった。トルストフによると,アム・ダリヤ両岸,シル・ダリヤ南デルタにおいて,原始期,古代期,中世期の遺跡,文化が確認された。…

※「トルストフ,S.P.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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