《ドイッチュラント号の難破》(読み)どいっちゅらんとごうのなんぱ

世界大百科事典(旧版)内の《ドイッチュラント号の難破》の言及

【ホプキンズ】より

…1868年にはイエズス会に加わり,信仰への献身のため,10代のころから書き続けていた詩のすべてを焼き捨てた(実は少数の詩編は免れた)。75年にテムズ河口で起きた海難で5人の修道女が溺死したが,これをきっかけに傑作《ドイッチュラント号の難破》(1876執筆)を書き上げて以来,詩作を再開,ダブリン大学の古典語教授として没するまでに,数十編の詩を書き残した。友人R.ブリッジズの編纂による詩集の死後出版(1918)は,おそらく19世紀後半の最も重要な詩人の発見をもたらした事件であった。…

※「《ドイッチュラント号の難破》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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