《ドイツのアカデミー》(読み)どいつのあかでみー

世界大百科事典(旧版)内の《ドイツのアカデミー》の言及

【ザンドラルト】より

…38年からアムステルダムで活動,43年ころ再びドイツに戻って最終的にはニュルンベルクに落ち着いた。彼は当時ドイツ最大の画家と称され,ドイツ皇帝や諸侯の注文を受けているが,後世にその名が残ったのは,むしろドイツ語による最初の包括的美術理論書・美術家列伝《ドイツのアカデミー》(1675初版)を通じてである。同書はルーベンス,レンブラント,プッサン,クロード・ロランら,同時代の大家たちについての情報に富む,美術史の貴重な原典資料である。…

※「《ドイツのアカデミー》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む