ドイツ連邦議定書(読み)どいつれんぽうぎていしょ

世界大百科事典(旧版)内のドイツ連邦議定書の言及

【ウィーン体制】より

…1814‐15年のウィーン会議で,イギリス,フランス,ロシア,プロイセン,オーストリアの五大国が中心となってヨーロッパの政治的再編がはかられたが,その後ヨーロッパ諸国の勢力均衡を利用しつつ,オーストリア宰相メッテルニヒが中心となって推し進めた,48年革命まで続く政治体制をいう(ドイツ史ではとくに,1848年の三月革命以前のこの時代を三月前期Vormärzとよぶ)。その政治的原理は復古的保守主義であった。…

※「ドイツ連邦議定書」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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