ドブロトボルスキー,M.M.(読み)どぶろとぼるすきー

世界大百科事典(旧版)内のドブロトボルスキー,M.M.の言及

【アイヌ語】より

…この編者ダビドフは,日本では,1807年にフボストフと共にロシア船で択捉(えとろふ),利尻両島を襲った狼藉者として知られる人物である。本格的な辞書としては,ロシアの軍医ドブロトボルスキーMikhail M.Dobrotvorskii(1836‐74)の《アイヌ・ロシア語辞典》(1876。約1万1000語)があり,文法書ではオーストリアのフィッツマイヤーAugust Pfizmaier(1808‐87)の《アイヌ語の構造に関する研究》(1851)がある。…

※「ドブロトボルスキー,M.M.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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