《ドラクロアから新印象主義まで》(読み)どらくろあからしんいんしょうしゅぎまで

世界大百科事典(旧版)内の《ドラクロアから新印象主義まで》の言及

【シニャック】より

…パリで生まれ,同地で没。スーラとともに点描主義を追究し,その理論を《ドラクロアから新印象主義まで》(1899)にまとめた。はじめ,モネの影響下に描くが,1884年,シニャック自身も創設者の一人だった第1回アンデパンダン展の際にスーラを知り,その視覚混合の理論に基づいて純色を点描していく方法に深く共鳴する。…

※「《ドラクロアから新印象主義まで》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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