ド・ラ・モット,J.B.M.V.(読み)どらもっと

世界大百科事典(旧版)内のド・ラ・モット,J.B.M.V.の言及

【サンクト・ペテルブルグ】より

… 18世紀中葉の建築はラストレリ風の豪華絢爛で壮大な様式美が際立っており,左岸のストロガノフ宮殿,ボロンツォフ宮殿がその代表である。ラストレリが最後の6番目の冬宮に取り組んでいる時にクラシック好みの女帝エカチェリナ2世が登場し,ラストレリは追放され,ワシリエフスキー島の芸術アカデミーを建てたド・ラ・モットJean Baptiste Michel Vallin de La Mothe(1729‐1800),大理石宮殿の作者リナルディAntonio Rinaldi(1710ころ‐94)がバロックの色彩を残しながら古典主義へと向かい,次いでカルロ・ロッシCarlo di Giovanni Rossi(ロシアではKarl Ivanovich Rossi。1775‐1849。…

※「ド・ラ・モット,J.B.M.V.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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