世界大百科事典(旧版)内のドレーパリーの言及
【衣服】より
…身体装飾装身具服制服装【鍵谷 明子】
[衣服の形式]
衣服の形は人体,風土,民族の生活,材料,性に影響されて多様なものが生まれてきた。しかし,基本的形態としては,紐衣(ちゆうい)型(リガチュアligature),巻き衣型(ドレーパリーdrapery),貫頭衣型(チュニックtunic),前開き型,腰衣(ようい)型(ロインクロスloin‐cloth),ズボン型などが見られる。紐衣型は獣皮衣と共に,人類の原始衣の形の一つで,旧石器時代のビーナス像や,古代エジプトの奴隷の腰部に紐状のものを巻きつけたものが見られ,腰衣型とも関連している。…
【裁縫】より
…デンマークの青銅器時代の遺跡からは,スプラングsprangと呼ばれる織物と編物の中間的技法によって作られた帽子が出土しており,縫うという技法は,織物,衣服の形態とも関連した。古代地中海文明の衣服には,縫衣(貫頭衣=チュニック,トゥニカ)と無縫衣(巻き衣=ドレーパリー)とが見られるが,留具やひも,帯などで衣服を形づくる無縫衣に対し,縫衣は両脇や袖を縫い合わせて作ったものであった。一方,寒帯地方では,防寒のため四肢を包み,チュニックとズボンの二部式衣服も着用された。…
【ドラペリー】より
…日本でいう衣文(えもん)。英語でドレーパリーdrapery,フランス語でドラプリーdraperieという。美術史では彫刻や絵画の人像の着衣に見られるひだのことで,地域や時代によってそれぞれ特色があるが,様式的変化に類似した現象が見られる。…
【服装】より
…当時,インドや中国のユーラシア東方文明圏とは別に,古代エジプトやメソポタミアの中近東文明圏も技術的にはヨーロッパよりははるかに進んだ段階に達しており,その服飾文化がクレタやギリシアを媒介として,北欧諸国にも影響を及ぼしていたと考えられる。
[古代オリエント]
着衣の形式としては,何よりもドレーパリー(巻き衣)にかかわっている。エジプトの伝統的服装は,初めは男物では白い亜麻布の単純なパーニュ(ロインクロス),女物では肩から紐で吊るすタイトなスカート状のチュニックであった。…
【民族服】より
…第1は紐衣(ちゆうい)と名づけられるリガチュアligatureに発し,草,樹皮,獣皮から織物による〈腰衣〉にいたるロインクロスloinclothの系列で,今日,アフリカの一部やオセアニアの民族の間に見られる。第2はドレーパリーdraperyといわれる〈巻き衣〉の系列で,アフリカやイスラム圏の一部に見られる。第3はカフタンといわれる〈前開き服〉の系列で,西アジアから極東を結ぶ線上に連なる諸族間にしばしば典型を見ることができる。…
※「ドレーパリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」