《ドレーピアの書簡》(読み)どれーぴあのしょかん

世界大百科事典(旧版)内の《ドレーピアの書簡》の言及

【スウィフト】より

… アン女王の時代には国教会を擁護し多くの論争に加わって活躍したが,女王の死後中央の要職に対する希望を失い,もっぱらアイルランドに退き,ダブリンのセント・パトリック大聖堂の首席司祭として生涯を過ごす。その間とくに一連の《ドレーピアの書簡》(1724‐25)ではアイルランドの愛国者として気を吐いた。イギリス政府がアイルランド向けに鋳造した価値の落ちる半ペニー銅貨の押しつけに反対して,鋭い論陣を張り成功に導いたのである。…

※「《ドレーピアの書簡》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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