ナクシトル神信仰(読み)なくしとるしんしんこう

世界大百科事典(旧版)内のナクシトル神信仰の言及

【トトナカ文化】より

…また,レモーハダス様式とよばれる〈笑う人形〉もこの地方の特徴である。エル・タヒンはケツァルコアトル神の別名ナクシトル神信仰の一大中心地でもあり,この信仰の広まりとともに〈タヒネスコ〉様式も各地に足跡を残してゆく。しかし,10~11世紀にミシュテカ文化の進出,12世紀後半にチチメカ族の侵入,15世紀後半のメシカ(アステカ)王国による征服,と変動を繰り返し,1519年にスペイン人を迎える。…

※「ナクシトル神信仰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む