ナクシトル神信仰(読み)なくしとるしんしんこう

世界大百科事典(旧版)内のナクシトル神信仰の言及

【トトナカ文化】より

…また,レモーハダス様式とよばれる〈笑う人形〉もこの地方の特徴である。エル・タヒンはケツァルコアトル神の別名ナクシトル神信仰の一大中心地でもあり,この信仰の広まりとともに〈タヒネスコ〉様式も各地に足跡を残してゆく。しかし,10~11世紀にミシュテカ文化の進出,12世紀後半にチチメカ族の侵入,15世紀後半のメシカ(アステカ)王国による征服,と変動を繰り返し,1519年にスペイン人を迎える。…

※「ナクシトル神信仰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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