《ニューカム家の人びと》(読み)にゅーかむけのひとびと

世界大百科事典(旧版)内の《ニューカム家の人びと》の言及

【サッカレー】より

…このころ妻が発狂し,一生を病院で送ったため,以後ひとりで2人の娘を育てた。1847年から48年にかけて分冊発行した《虚栄の市》によって一躍大作家として認められ,続いて俗物的社会の誘惑に迷いながらも母と婚約者の清純な愛に救われる青年の物語《ペンデニス》(1848‐50),18世紀の一紳士の回想録という形をとった歴史小説《ヘンリー・エズモンド》(1852),再び俗物社会の中で真の人生を生きようとするドン・キホーテ的な父と,画家を志すその息子を描く《ニューカム家の人びと》(1853‐55)を発表し,揺るぎない作家的地位を固めた。そしてクラブでの有名人との交際を楽しみ,友人の妻ブルックフィールド夫人にプラトニックな愛情をささげたりした。…

※「《ニューカム家の人びと》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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