ニースレル・フレー(読み)にーすれるふれー

世界大百科事典(旧版)内のニースレル・フレーの言及

【ウランバートル】より

…1706年以後イフ・フレー(〈大寺院〉の意)と称され,中国人はこれを庫倫(クーロン)と称したが,欧人は依然ウルガと称した。1911年の独立宣言後ニースレル(〈首都〉の意)・フレーと称され,人民革命後の24年に現名(〈赤い英雄〉の意)となった。革命前この町は,モンゴル最高のラマ教聖地として100以上の寺院,約2万人の僧侶がおり,1691年の外モンゴルの清朝への帰服後は露清交易の地として栄え,1762年以後清の庫倫辦事大臣が駐在し,政治の一中心地ともなってきた。…

※「ニースレル・フレー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む