世界大百科事典(旧版)内のネオ・ラオ・イッサラの言及
【ラオス】より
…しかし協同国にはいろいろな制限がつけられ,完全な主権国家ではなかった。タイにあったラオ・イッサラ亡命政府はこの独立によって解散を発表したが,王国政府の懐柔に妥協しなかった左派はスパヌウォンを中心に50年8月,ネオ・ラオ・イッサラ(自由ラオス戦線。1956年にはラオス愛国戦線と改称。…
※「ネオ・ラオ・イッサラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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