ネーフェルスの戦(読み)ねーふぇるすのたたかい

世界大百科事典(旧版)内のネーフェルスの戦の言及

【グラールス】より

…スイス連邦を構成する7番目のカントン(州)。面積685km2,人口3万9000(1996)。州都も同名(人口5700,1992)。1352年にスイス連邦に加わるが,事実上ハプスブルク家の支配を受け続けていた。88年のネーフェルスNäfelsの戦に勝利してハプスブルク家から自立した。その前年開催されたランツゲマインデ(直接民主制住民集会)は,今日まで維持され,毎年5月第1日曜日に開催されている。主要交通幹線から離れた地にあり,経済的には衰退する傾向にある。…

【ゼンパハの戦】より

…1386年7月9日,スイス中部,ルツェルン北西部ゼンパハSempach近郊で,スイス盟約者団がハプスブルク軍を破った戦い。ルツェルンは,ハプスブルク家の支配から完全に自立するために,近郊にあった同家の城砦を前年12月に占拠し,近隣農村に市民権を付与して都市領域支配の拡大を図った。これに対して,ハプスブルク家はレオポルト3世指揮下の騎士軍を派遣したが,ルツェルンは原初三邦の援軍を受けた。戦いの当初,午前中はスイス側が不利だった。…

※「ネーフェルスの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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