ノートン文化(読み)のーとんぶんか

世界大百科事典(旧版)内のノートン文化の言及

【エスキモー】より

… 伝統的な冬の海への適応と内陸のカリブー猟がどのくらい古くから成立していたかを求めて,F.レーニー,H.B.コリンズ,J.L.ギディングス,D.デュモンらにより考古学的調査が行われてきた。その結果,前3千年紀に始まり,現在のエスキモーの居住域とほぼ分布が一致する極北小型石器文化をエスキモー文化の最古のものとみる説と,海への適応がアラスカではそれよりも古いオーシャン・ベイ文化期(前4千年紀)から始まっており,しかも極北小型石器文化の起源が必ずしも明らかでないことを根拠に,エスキモー文化の最古層を前1000年ごろに始まるノートン文化に求める説とがある。ベーリング海地域でノートン文化の基盤の上に発展した後のチューレ文化(1000B.P.以降)は,比較的短期間にエスキモー全地域に伝播し現在のエスキモー文化の基礎となった。…

※「ノートン文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む