バッラーラ(読み)ばっらーら

世界大百科事典(旧版)内のバッラーラの言及

【ホイサラ朝】より

…ジャイナ教徒であった王をヒンドゥー教のビシュヌ派に改宗させたのは同派の哲学者ラーマーヌジャであったとされている。王国はバッラーラ2世Ballala II(在位1173‐1220)の時代に強化され,チャールキヤ,ヤーダバ両国を破って独立し,さらにチョーラ朝と同盟してパーンディヤ朝に対抗し,タミル地方支配への足がかりを築いた。しかし,1310年ハルジー朝のマリク・カーフールに敗れて以来衰退の道をたどり,ついに新興王国ビジャヤナガルに打ち破られた。…

※「バッラーラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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