バプオン寺(読み)ばぷおんじ

世界大百科事典(旧版)内のバプオン寺の言及

【アンコール・トム】より

…この寺院から発見された碑文も語るように,この寺院では当時,仏教とヒンドゥー教がかなり混合して信奉されていたのである。 バイヨンのほか,アンコール・トムの内部にはピメアナカス寺(10世紀末~11世紀初頭),バプオン寺(1060),〈癩王〉および〈象〉のテラス(12世紀末),プレア・パリライ寺(12世紀前半),プリヤ・ピトゥ寺(主要部分12世紀前半),プラサート・スウル・プラット寺(12世紀末),クリヤン寺(10世紀末~11世紀初頭),テップ・プラナム寺(10世紀初頭)がある。なお,1296年に中国(元)からの使節に随行してカンボジアを訪れ,97年までアンコールに滞在した周達観が著した《真臘風土記》の中に,当時のアンコール・トムの状況が記録されている。…

※「バプオン寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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