パハキナサーリの和議(読み)ぱはきなさーりのわぎ

世界大百科事典(旧版)内のパハキナサーリの和議の言及

【フィンランド】より

…王はさらに勢力を東へ伸ばしビボルグまで達したが,これに対し東方正教会の勢力の強いノブゴロド公国は,東からのモンゴル人の侵入に押され,カレリアの東半を保持するにとどまった。かくて両国の間にパハキナサーリの和議(1323)が成立し,フィンランドの南半はスウェーデンの支配下に入った。1397年ノルウェー王ホーコン6世の妃マルグレーテの下でデンマーク,ノルウェー,スウェーデン3国の国家連合としてカルマル同盟が結成されたが,これもその後の内紛により崩壊した。…

※「パハキナサーリの和議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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